教養のないダンス人
 ある教室の主催によるダンスの催し物に出席したときの話である。プログラムの前後をはさんで立食のパーティになったとき、40〜50歳代の女性がテーブルいっぱいに食べ物をとってきて広げて食べている。どうみても食べきれないほどの食べ物を、テーブルに広げはじめたのだ。 その女性達は隣に立っている私の前まで広げて自分の場所と主張している。
 立食パーティは、自分の食べ切れる分だけとってきて、それを食し、足りなければまた取ってくればいいのに、日頃食べなれないせいか食べたいものを手当たり次第にかき集めてテーブルを占拠して食事をしている。取り皿にとったものをすべて食するのかといえばそうではなく、ほんの少しずつしか食していない。そうであれば食べきれる分だけ少しずつ取ればいいのにそうではなかった。当日の会費の分をとらんとばかりに卑しさが目につく。彼女たちの行動には社会性や教養のかけらも見られなかった。仏教用語で飢餓の世界と言える状況であろうか。精神的には子供という意味の「がき」そのものであった。
 主催者によっては形ばかりの食事を提供して、参加者の満足を得られないような会を催している場合が多いのだが、この日はおいしいメニューで量も十分であった。
 彼女達は、食べ物を取り皿にとって、それをテーブルに広げてテーブルを占拠している。この人達は自分達だけが良ければ構わないという行動で、挙げ句の果てに背中でこちらを押しのけてくる。自分たちの前ばかりか他人の領域にまで占拠をはじめたのだ。
 十分食した彼女達は取り皿の食べ物の大部分を食せず残したばかりか、挙げ句の果てに、今日の夕食にと言って寿司を紙ナプキンに包みはじめバックに入れて持ち帰ったのだ。
 ダンスは、他人との協調性や社交性が要求される。そこには教養ある立居振舞いが必要なのだが、余りにも粗野で品性のかけらも見られなかった。外見は一見綺麗に着飾っていても、内面的(精神的)には極めて貧しく、粗野な行動は側にいることに恥ずかしさをおぼえる。ダンスパーティにおいて教養のない対応を見ることはすこぶる多いものだ。立食パーティではこのような所行をする人を毎回見かける。
 ダンスを楽しむ人達はダンスをする前に社会性や教養を身につけてほしいと思うのは私だけであろうか(於東京)。



寿司を紙ナプキンに包んで持ち帰るご婦人