競技選手は偉いのか?
 前から気になってはいたのだが、競技ダンスをしている人は一般の人に対して態度が大きいことに長いこと不快感を持っている。それは、プロからアマに対してや、上位級から下位級の者に対しても同様のことが見受けられる。
 一般社会においても、同様、役職が上になるほど高邁な態度になるものは何処にでもいるものだ。

  少し前のことだが、競技会場の近くの駅の改札口で人と待ち合わせをしていたら、プロA級の競技選手が来て眼が合ったので軽く会釈をしたのだが無視され、少し経ってタクシー乗り場で同じ人に会ったので、また会釈をしたのだが眼中にないとばかりに無視されたのだ。一度レッスンを受けたことがあり、全く知らない間柄ではないのだが会釈を交わすことはなかったことや、競技の直前だと思うが、歩くときに、邪魔だとばかり大きな態度で歩いたり、上を見て周りのことは眼に入らないように練習して動いている。また、競技会場で元競技選手であった役員に会場のことについて質問したときの対応が、非常に高圧的かつ乱暴な言葉使いで不快に思ったことがある。
 アマチュアの競技選手でも特に下位級と思われる者が、競技に出ていることを自慢したり、競技に出ていない人に横柄な態度を取る者がいる。「競技選手と言ってもたかがD級じゃないか」と言いたくなるのだが、見苦しい振る舞いを見ることが多い。

 競技に出ている人は競争にさらされながら上位級を目指し努力しているので、その努力は認めるし、過去の栄華に浸っている競技OBも努力と結果は認めるが、だからといって競技選手だから、とか、競技に出ていたからといって偉ぶることはないのではないか。一般の人や自分よりも格下だからとか、役員だからと云って高慢で偉そうな態度を取るのは如何なものだろうか。狭量で器の小さな人以外の何ものでもないように私の眼には映る。

 プロは自分の生徒はお客さんで生活の糧であるからご機嫌取りして大事にするが、自分の生徒でなくなったり、利害関係の利がなくなったときは態度が豹変するのは狭量で何と情けないことか。競技選手だからと言って他の者とは違うんだと思っている器の小さい者のは、ダンスに限らず社会には沢山いるものだが、社会的な地位に就いたり、役職が上になればなるほど謙虚な態度が必要であるし、大きな心で人と接して欲しいものだ。周囲に不快感を与え、競技選手は憧れの存在ではなくダーティなイメージに繋がることをおそれるのです。

 後輩の育成に当たっても、謙虚な人格は信頼も増して好ましい師弟関係が生まれるであろうし、ダンスに対する認識も変わるのではないだろうか。一般社会に競技ダンスが認知され今以上の発展をしようとするならば、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」をもう一度噛み締めて欲しいものです。

(2007,03,28 F)