初めての「リボン」
 ダンスの経歴が長い私ですが、この歳になって(幾つかって? 相当な歳だよ v(^^;))初めて「リボン」なるものを経験しました。競技選手の知人から頼まれて「リボン」をしたのですが、大変貴重な経験をさせていただきました。
 そもそも「リボン」とは何か。私が見聞きして知っていた「リボン」とは、「ダンスパーティでご婦人の相手として踊る人」であり、接客するホストとは違い、「踊る」ことがメインであり、その他は簡易な「お手伝い」程度の仕事に限られているものと思っておりました。また、小遣い稼ぎに学生がアルバイトとして行っていることが多いものだと理解していたのです。

 知人の事前の話では、「パーティの主催者は○○(団体の名前)でA級の現役の先生です(名前を聞いても言わなかった)。仕事は午後2時に会場となる○○ホテルに集合し午後7時まで。プログラムの合間にパーティが3〜4回あり、その間1回当たり10〜15分間リボンを勤める。手当が1万円。当日のデモンストレーターはプライアン・ワトソン&カルメンでそれを見る事ができる。昨年までは学生がリボンをしていたが今年はアマチュアの競技選手が行うことになった。」というものであった。
 私は特に生活困窮ではないし、小遣い不足でもないのであまり気が進まなかったが、知人の依頼でもあり、当日の予定も特にないし、現役A級の先生であればそれなりの格調高いパーティを見学できるであろうと想像したこともあって引き受けてしまった。
 他の知人はデモなどに興味を示していたが、後日、私は同じデモンストレーターのデモを自分のコーチャーの経営する教室のパーティで見る機会があったので、他の人とは違ってあまり興味はなかったのだ。
 午後2時に依頼主であろうか、若い男性が別紙をもとに説明を始め、「宜しくお願いします」ということで仕事は始まった。

 ところが、依頼主と請負人との間で認識の違いや、私自身の認識の甘さから非常に不愉快な経験をしたので、今後パーティを実施する主催者として、また、リボンを依頼された場合の参考として役立てて欲しいので、気の付いたことを書いておこうと思う。

第1に、まず最初に会場に行き催し物の看板を見て驚いたのは、現役のA級ではなくてB級(前A級)の先生でした。多分、当の本人はA級とは言っていないのでしょうが、降格してもA級という看板が一人歩きしていることに驚いた。リボンを引き受けた知人が勝手に言ってたのか、取り巻き連中が意図して使っていたのかどうかは分からない。勝負の世界に生きる競技選手に昇降級はつきものだ、B級に降格したのなら「現役B級」、A級の名にこだわりたいのなら「元A級」「前A級」などと言えばいいのだ。少しでも上のクラスの名称へのこだわりは虚勢や見栄に聞こえ哀れに見える。

第2に、リボンは客引きがメインの仕事であったことです。
 事前の打合せで説明されて驚いたのだが、当初に聞いていた内容と違うので同じリボン仲間と顔を見合わせて、事前に聞いてたことと違うじゃないかと不満の声がでた。当日になって示された内容が、著しく違っていたのだ。断っても良かったのだが、その場になって断れば知人やお客様が困るであろうと言うことで、我慢することにした。他のリボンを頼まれた人も不満を言いながらも表だった言動は差し控えた。
 しかし、会場に入って間もなく、若い女性(オーナーのパートナーとのこと)が我々の控室に来て、「社会人コンペの相手を探すのがあなた方のメインの仕事です。1種目2,000円です。相手を探せなければその分減額します。」と言葉荒げて言うから頭にカチンときた。
 そのような営業があるということを事前に言うべきだ。そんなことが分かっていればリボンなど引き受けなかったのだ。本来、事前に説明を受けていない内容の客捜しは教室の営業であり、教室のスタッフが行うべきだと思うのだが、リボンのメインの仕事と位置づけられていた(前述別紙参照のこと)。そんなことは事前に言うべきことだ。
 やむを得ず客捜しを始めたが、ここのパーティに参加している人は誘っても踊らないし、声をかけて踊っても下手な人が多かった。踊りながら勧誘すると、社会人コンペで踊る気はないと言う。1人探すのがやっとだった。
 後半になって分かったことだが、此処の教室のパーティの参加者は団体レッスンの生徒が多かったようだ。団体レッスンの生徒は、先生の指導で毎月パーティに参加するための積立をしてきたという。毎月のレッスン料と不本意に参加するパーティの費用以外にダンスにお金をかけたくないということが踊りながらの会話で分かったのです。
 我々「リボン」は社会人コンペの参加者を見つけても一銭の収入も無いのだ。すべて教室の収入だ。「リボン」に仕事をさせて上前をはねている。それが「メイン」の仕事だと言う。本来、パーティの「リボン」は、ダンスのお相手がいないお客様に対して、退屈させないようにダンスでもてなすことが一番大事な「メイン」の仕事であるべきではないでしょうか。
 主催者のお客様に対する反応は微妙に伝わってきます。先生や教室とのお付き合い上、出席しなければならないと義務感で出席したお客様や、自分がもてなされていないと感じたお客様の対応はしらけムードになります。声をかけても反応が鈍いのです。お客様に満足感の得られるようにするのは難しいものです。しかし当日の客層から想像するに、パーティはもっとお客様の視点で企画をした方が良いのではないかと感じたのは私だけでしょうか。

第3に、約1年一寸レッスンを受けているという教室の生徒は、私にしがみついて、腕にぶら下がるようにして踊るのだ。それも一人や二人ではないのだ。教室で習っているのに何と基本のできていない生徒が多いことかと驚愕した。私はよく分からないが経験上、1年もレッスンしていればそのような踊りにはならないと思うのだが、私の認識違いだろうか、それとも、先生がきちんと教えていないのだろうか。教え方や習い方に問題があるのだろうか疑問に思った。私が通ったことのある教室の生徒はそのような人はいなかったからだ。力を入れてしがみついたり、ぶら下がったような動作をする人の相手をするのは辛いものだった。ほんとに辛かったのだ。それがリボンの仕事だと言われればその通りだが、私はぶら下がり健康器ではないのだ。

第4に、拘束時間の問題だ。パーティが終盤の7時25分頃になってから、『リボンは散らばって生徒の演技発表やプロのデモの際に拍手をして下さい、終わりまでパーティを盛り上げて』と指示された。「約束は7時までだよ」と言ったが、「お願いします」といって離れていく。ここの教室は人の使い方を心得ていない。事前の契約以外の仕事をさせることを当たり前に思っている。通常、会社などで人を使った場合は、労働の対価として給料を出し、超過した場合はそれに上乗せした賃金を払うものだ。社会人コンペでノルマを課すことはしても自分がすべきことは知らんぷり。せめて「ご苦労様」とリップサービスぐらいしろよと言いたくなる。そのような経営者としての配慮や感覚がない。労働基準法なんて知らないんだろうな〜。すべて終わって帰路に就いたのは8時過ぎだった。

第5に、ドアのオープニングと終了後の見送りは「リボン」の仕事だという。
 ドア・オープニングの際にお客様をテーブルに案内して下さいという。ホテルのボーイがいるのにボーイはただ見ているだけなのだ。その人数も少ない。入口のカーテンの開閉と料理の配膳しかしていないのだ。一流のホテルでだ。あ〜此処の教室は経費をかけないようにして「リボン」を使っていると直感した。ドア・オープニングには教室のスタッフの出迎えはない。主催者としてパーティの客を迎えることをしていないのだ。席に案内するのも経費節減でアルバイトの「リボン」を使っている。
 私が通っている教室のパーティでは、ドアオープンまでの待ち時間は客を退屈させないようにウエルカムドリンクが出るし、開場の際には、主催者が入口で出迎えて歓迎してくれるのです。また、終了後はスタッフ全員がお見送りをしてくれるのです。それがパーティで客をもてなす行為ではないだろうか。
 事前にドリンクを出すかどうかは別にして、映画などでよく見られるからご存じだと思うが、パーティでは主催者が入口で客を迎え、簡単な会話でコミュニケーションを図って歓迎している。ホテルで開こうが家庭で行おうがパーティのもてなしは同じなのです。
 主催者の顔の見えないパーティは客としてもてなされていないことを直感します。入口でオーナーやスタッフとの談笑がパーティへのイントロダクションです。入口にいないのならパーティの始まる前に会場内で談笑や挨拶ぐらいするべきではないだろうか。この日のパーティはオーナーやスタッフと客との間に近親感がない感じであったり、演技発表の時でも拍手はまばらで、よそよそしく、盛り上がりにかけた感じがしたものでした。
 私が今まで経験してきたパーティは、和気藹々とした雰囲気で、ダンスタイムは皆が積極的に踊り、ダンスタイムの時間が少ないと苦情を言うくらいの雰囲気であったし、生徒の演技発表はそれなりの拍手があり、デモンストレーターの演技には割れんばかりの拍手でエキサイティングなデモを見てきました。それはあらゆる点で主催者の演出と心配りが行き届いて満足するものばかりでした。
 しかし、この日のお客様は義務で出席していたと感じたのです。それは何となくしらけた感じが漂った会場の雰囲気で拍手が少ないものであったことで分かります。パーティが楽しく満足したものならば余韻を楽しみだらだらと帰るものだが、パーティが終わったらそそくさと帰っていった人が多かったように見受けられたからです。
 我々の仕事も終わりかと思ったら、最後には客の見送りをしろというのだ。ここの場にはスタッフが若干見送りに来たが出口での喧噪感がなく、何となく侘びしい雰囲気だった。
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 日本においては、夏冬に開かれるパーティが教室の大きな収入源となっており、それが教室経営の支えとなっているのは事実であろうかと思います。客がパーティを楽しめなければ次回の参加者は少なくなるでしょう。この日はオーナーの挨拶はありましたが、客へのもてなしや感謝を示す場面が少なかったように思う。楽しい雰囲気作りに対する心配りや演出が未熟であったのではないでしょうか。それは微妙に客の反応として伝わってきます。主催者はそれを感じたのだろうか。
 私には、パーティは収益を上げる場であって、経費節減のため「リボン」をフル活用しているように見えたものです。そうしたければあらかじめこのような仕事ですと言って雇えばいいのです。当日になっていろいろ仕事をさせる姑息さは我慢ならないのです。そして私達に対する言動に品位と配慮が欠けていたと感じたのです。
 言葉は教養の表れです。忙しく働いていても相手に対する配慮と敬愛の念があれば言葉遣いは違ってきます。ダンスを職業としているのであればなおさら注意が必要でしょう。
 このようなイベントを舞台裏から見ると、オーナーの経営姿勢が見えてきます。このような教室からは良いスタッフは育たないだろうし、優秀な生徒も育たないだろうな〜と感じたものです。
 ダンス教室は全国で約2千ありますが、こんなパーティを他でもやっているのかもしれません。貴重な経験をした一日でした。
 〔余談〕こんな事書くと、「A級」の先生が引退して審査員になったら、私に絶対に点数は入れてくれないだろうな〜と心配してます。
(fuji 2004,12,24)