ダンス関係者の叙勲について
 春、生命が芽吹くときである。新たな生活に向かって活動を始める時期でもある。
 ダンス界でも若い教師が教室に就職して活動を始める時期だ。ダンス界に奉職し活動を始めるのを見ることは初々しく今後の活動が楽しみな時期でもあり応援したいものだ。ひるがえって、長年、ダンス界に貢献してきた人に対して何ができるかを考えてみた。
 第二次大戦前から戦後の復興を経て今日の隆盛まで激動の時代にダンス界をリードし発展させてきた功労者も高齢になって第一線を退いている人も多い。このようなダンス界発展の功労者の労苦に対して、叙勲を受けるように働きかけることを提案したい。

 叙勲は生前叙勲と死亡叙勲があり、死亡してから評価されるのも大事なことだが、できれば生前に栄誉を受けることが出来るとすればこの上ないことではないだろうか。

 齢を重ねるとある程度経済的には恵まれているであろうと推定すると、彼らにふさわしいのは名誉ではないだろうか。一般的には所属する団体や会社から永年勤続など功労者に対する表彰が行われている。それも良いことだ。
私が提案したいのは、国家から個人に対して行われる栄誉を受けることだ。国家からの最高の名誉は、文化勲章を受けること、文化功労者になること及び叙勲を受けることではないだろうか。

 ダンス界から文化勲章や文化功労者になることを期待したいが、手始めに叙勲を勧めたい。叙勲は春と秋の二回行われ、各界を代表する人や国家・社会に貢献した人(70歳前後)がその対象になる。秋の叙勲の伝達式が11月3日に行われたが、この中にダンス関係者の名が見当たらなかった。毎年、叙勲の時期にダンス関係者がいるかと関心を持ってみてきたが、私の知る限りでは叙勲を受けた人はいなかったように記憶している。仮にあったとしても勲等の高い人はいなかったために私の眼に触れなかったのかもしれない。
 長い間ダンス界に身を置き、ダンスの普及発展を通じて社会に貢献してきた人は沢山いるはずだ。
何故、ダンス関係者に叙勲を受けた人がいないのかを考えてみる必要がありそうだ。

叙勲の対象になっていなかった理由としては次のことが考えられよう。
第一に、ダンス関係者は、長年、風俗営業法の対象となっており政治・経済・社会に対する貢献度が世間一般的には必ず高いとは認められていなかった。
第二に、ダンスを所管する官庁が何らかの理由で叙勲の対象としていなかった。
第三に、ダンス関係団体から役所への推薦がなかった。
第四に、叙勲対象者を推薦したが、本人が叙勲を辞退した。
等々考えられるが、その実体は知らない。

 職業に貴賤は無いと法の下の平等が憲法第14条第1項に掲げられているとは言いながら、ダンスが日本に輸入されて以来、古来からの日本文化との違いに基づく偏見から、ダンスに対する認識が必ずしも高くはなかったこと、また、風俗営業取締の対象となっていたダンス界は社会的地位が低く見られてきたことから叙勲者がいなかったとひが目で見てしまうことは悲しいことだ。

 叙勲は、ある時突然に国から決定の通知が来るのではない。叙勲の手続きは所管官庁の推薦若しくは公益的な団体の推薦を所管官庁が受けてから叙勲の事務が始まるのだ。所管官庁は審査の上関係官庁(内閣府賞勲局)と協議し、叙勲の対象か否か、勲等のランク付けをどうするか等を決めるのである。
 ダンス界にも公益法人が3団体(財団法人ボールルームダンス連盟、社団法人全日本ダンス連盟、社団法人日本ダンススポーツ連盟)設立され、変革の時期に来ている。永年ダンス界に貢献してきた人に対する労苦に報いるために、また、ダンス界が社会の一員として認知され、社会的地位の向上を図る見地からも、是非、所管官庁及び公益法人は前向きに叙勲を検討していただきたいものだ。叙勲の可否は、最初に公益法人の積極的な活動にかかっているのである。

 ダンス界は競技ダンスの世界では栄誉を讃えることをしても、競技でない個人に対して褒めることは苦手のようだ。以前に、ダンスを通じた人間模様を描いた映画「シャルウイーダンス」は空前のヒットとなり、日本アカデミー賞を受けた。この映画がダンス界に果たした役割は極めて大きなものがあったにもかかわらず、ダンス界はこの映画の製作者に対して感謝の念を表したなどと聞いたことがない。時機を逸した今となっては感謝状を出すことは遅きに失するが、時宜を得た表現や対応は時には必要なものだ。まず手始めに秋の叙勲(春の叙勲は時間的に間に合わない)の対象者選定からはじめて、役所に働きかけることを期待したい。(2003,4,12 F)

【参考】内閣府賞勲局/日本の勲章・褒章