マンネリ化したダンス教室主催のパーティー

1999, 9,10


 盛夏と年末はダンス教室主宰のダンスパーティーシーズンである。いずこのダンス教室もホテルでパーティを催すのが恒例となっているところが多いようだ。
パーティは、生徒と担当教師による演技発表が二部あるいは三部構成でパーティのメインとなっている。後半はダンス教室のスタッフによるデモンストレーションとゲストのデモンストレーションで構成され、全体のプログラムのつなぎの部分をダンスタイムに設定され、この時に一般の人が踊る時間となっている。何処でもやっているこのようなダンスパーティのやり方もそろそろ見直す時期に来ていると思うのは私だけではないだろう。

 その理由の第一として、パーティ券代が高額であるということだ。東京都内で開催されるパーティの券は一枚約3万円以上が相場であるらしい。決して安い金額ではない。出席者の負担は相当なものである。世の中不況といわれ、リストラが行われている昨今、世間離れしたダンス界の狂瀾ぶりに気づくべきである。
 都内でも一流といわれるホテルが客離れを阻止するために、料理の作り置きをして客からの注文に合わせて電子レンジで調理するなど合理化を図りながら低価格でサービスを提供する時代なのである。それでないとやっていけない社会情勢なのだ。ダンス愛好家を増やしたり、ダンス界にとどめておくためには客の負担を少なくするような努力をすべきである。

 第二に、演技を発表する生徒の経済的負担が大きいことである。パーティ本番の約3分前後にかかるお金は、先生へのパートナー料、出演料、テーブルチャージ料、衣装代、メーキャップ代を加えると50万円を超えるのが普通であろう。一晩の僅か3分前後のパフォーマンスにかけるお金としては少し大きい金額ではないだろうか。本番前にも練習をするし技術もアップするから本人に損はないなどとうそぶく先生がいるが、ダンスはお金持ちだけの楽しみの道具ではないのだ。世間一般の意識と如何にかけ離れたものかを知るべきである。
生徒は先生にデモに出ないかとの誘いを断ると、先生はその後のレッスンでレッスン時間を短くしたり、シャドーの時間が長くして内容を希薄にしたり、ひどい場合はレッスン時間をとってくれなかったりするのを知っているのである。生徒はダンスをおぼえるために、気に入った先生に嫌われないように我慢しているのを知るべきである。
パーティが悪いなどと言っているのではない。パーティの売り上げは先生方のボーナスになることはみんな知っている。そのために生徒は多少の出費はやむを得ないと思っているのだ。一工夫して生徒の経済的負担を考えたやり方を工夫して欲しいことと、不況やリストラのすすむ厳しい世の中でダンスをやめないで教室に通っている者の事情に合わせた意識改革と経営努力が欲しいのだ。

 第三に、パーティに出席した人の楽しむ時間が少なすぎることである。パーティに出席した人は、一流のダンサーのデモンストレーションを見て満足することはあっても、パーティの大部分は下手な生徒のデモンストレーションを長時間我慢して見て、おつきあいで拍手をして、経費を切りつめるだけ切りつめて提供される美味しくない料理を我慢をして食べて、先生との日頃の付き合いを悪くしないようにと我慢して高いパーティ券を買って無駄な時間を過ごすのである。
 どこの教室も演技発表の間にダンスタイムを設定しているが、本来はパーティ券を買ってくれた人に対して楽しむ時間を十分に提供すべきではないかと思うのだが、プログラムとプログラムの間の僅かな時間をダンスタイムに当てているものが多いようだ。我慢することが多すぎるパーティは苦痛以外の何ものでもない。もう行くものかと思いながらも付き合いと思って参加していることを主催者は考えて欲しいものだ。

 「それほど悪口を云うのなら行かなきゃいいじゃないか」と云われそうだが、担当の教師から誘いの言葉があると行くのを断るのは勇気がいるのである。断ると手抜きのレッスンが待っているからだ。
 これからパーティの構成を変えるのは大変かもしれない。お葬式や結婚式など長く続いているもののどれをみても一定の様式がある。この様式にしたがって進行するのは容易いことだ。しかしながら、何度か出席すれば嫌気がさしてくる。もっと創意と工夫で客を楽しませることが必要ではないだろうか。
パーティでデモをする人が主役であるならば、パーティ券を買わされる人達はパーティーを支える脇役である。脇役にも満足できるように楽しむ時間をもっと多くするなどの工夫を主催者は考えるべきである。
('99,12,23補訂)