"> ボールルームダンスの資料室(ダンス講座:ダンスの歴史)

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ダンスの歴史 (3)


年月 日本 諸外国 備考
1945(昭和20) (8/15)太平洋戦争(終戦)

・駐留軍兵士の慰安のため、ダンスホールが次々と開設されたが、日本人が入ることはできなかった。
ここでは「ジッターパグ(ジルバ)」が大流行した。
(占領下のダンス)

・「特殊慰安施設協会(RAA)」設立
(10月)進駐軍兵士用施設として、ダンスホール開業。東京銀座のオアシス・オブ・銀座(野本源治郎社長)をはじめとして、美松、ハレム、銀馬車、グランドパレス、エーワン、ショーボートなどが開業。

(10/20)日本舞踏競技聯盟設立
・終戦後初めて埼玉県大宮にボールルーム「ルーフ・ガーデン」がオープンした。
 間もなく日本人専門のダンスホールやダンス教室が開設された。大衆のためのダンスとして活況を呈した。
  (3/10)東京大空襲
(8/6)広島に原爆投下
(8/9)長崎に原爆投下

(8/15)玉音放送

・戦後の闇市
1946(昭和21) ・日本人専用ホール再開

・チケット制からパートナー料制へ移行

・日本社交舞踏教師協会(NATD,南原南会長)が結成・創設された。
  (11/3)日本国憲法発布

・東京裁判
・銃の所持禁止
・ヒロポン大流行
1947(昭和22) ・「職場ダンス」流行、共産党の文化闘争の戦術に利用された。

・農村・漁村にもダンス流行

・学生の競技会が始まる

・戦前の法令・規則失効→法的規制の空白状態

(5/9)百万人の舞踏会と銘打った野外ダンスが東京の後楽園で開催された。
   
1948(昭和23) ・風俗営業急増、ダンスホールはキャバレーに近い形態になる

・「風俗営業取締法」制定→ダンスホール・ダンス教授所は再び規制対象になる

(10月)松田武雄氏の「社交舞踏の常識」が発行された。物資の少ない時代にダンスの理論書を発行し、ダンス界に多大な影響を与えた。
(10月)Alex Mooreが「The Revised Technique」を発行。 第1回早慶戦
1949(昭和24) ・日本舞踏教師協会(JATD,会長:玉置真吉)が活動再開

・兵庫県舞踏協会誕生

・宮城県?交舞踏教師協会誕生

(3/20)NATD主催で、全関東職業人公式順位決定競技会が開催された。

(4/25)NATDが英国の同業団体に倣って技術級を制定し、昇格式を行った。

(5/1)新憲法施行記念日を祝い、都民大舞踏会が浅草松屋ホールで盛大に行われた(東京都教育長、東京都社会教育協会主催、東京?交事業協会、NATD、日本ミュージシアンズ・ユニオン後援)。

(5/12)朝日新聞が「不良化の第一歩がダンスに始まっている」と報道

(7月)『モダンダンス』復刊

・日本学生舞踏競技連盟(学連の前身)が設立された。

(10月)大阪千日前のキャバレー・カブキで婦人専用ダンスホールを設け、3人の男性ダンサーを採用す
   
1950(昭和25) ・NATD社団法人格取得

(10月)「日本舞踏競技連盟(日競連)」(藤村浩作会長)が結成・設立された。

・ダンスホール・キャバレーと教授所の併設増える
  ・朝鮮戦争(1950-1953)
1951(昭和26) ・全日本ダンス選手権大会始まる

・中高学習指導要領で男女並修の体育科教材として「フォークダンス」が採用された(1958年まで)
  ・日米講和条約
1953(昭和28) (2/12)日本音楽著作権協会は、大阪のメトロ、ハリウッド、シスコ、エムパイア、ドミノ、パラマウント花園の7大キャバレーに対し合計で2,800万円の著作権法違反で大阪地検に告訴した。

(3/7)NHK-TVの婦人向け番組で「テレヴィ・ダンス教室」を放送
・エンリケ・ホリーンがチャチャチャを創始 ・高校野球TV中継始まる。
1954(昭和29) ・東京都の条例でダンスホールとキャバレーの区別がなくなる
   
1955(昭和30) ・マンボが流行

・議員立法によりビリヤードが風俗営業取締法の規制対象から除外される。
   
1958(昭和33) ・英国からレン・スクリブナー及びネリー・ダカン嬢(世界チャンピオン)を招聘して同氏の単独審査により「全日本選抜舞踏選手権大会」を開催した。

・レン・スクリブナー氏の来日中は同氏による講習が行われ、日本ダンス界の技術向上が図られた(同氏の講習会に出席した人には受講証が発行された。年輩の先生の教室には額に納め飾っている人もいる。)。

・「全日本舞踏競技連盟」分裂問題
   
1959(昭和34) ・風営法改正→ダンスホールとキャバレー・ナイトクラブを区別

・都道府県条例の標準化により東京都ではダンスホールの名称復活

・ダンス教授所の風営法適用除外運動本格化(条例レベル) →参院選・都知事選で選挙協力
   
1960(昭和35) ・NHKドラマ「涙のワルツ」放映→抗議行動

(2/3)風俗営業取締り強化 警視庁公安課では三日、キャバレー業者約百人を集め「風俗営業法の指導期間が過ぎたので、今後厳しく取締まる」と警告した。
  ・日米安保闘争
1961(昭和36) ・競技選手らのイギリス留学はじまる
   
1962(昭和37) ・「世界選手権大会」がメルボルンで開催され、日本人選手初の海外遠征が行われた。同大会には助川五郎氏が日本代表審査員として派遣された。

(6月)サンケイ杯競技会でラテン種目が正式種目として採用された。
   
1964(昭和39)     ・ミロのビーナス東京展示

(10/10)東京オリンピック
1965(昭和40)     ・米国・ベトナム侵攻
1966(昭和41) (5/10)「札幌YMCA舞踏学院」(ダンス教師養成機関)が北海道社交舞踏教師協会(HATD)の協力で発足した。
   
1969(昭和44) (11月)「世界選手権」が日本武道館で開催された。
  ・安田講堂事件
1970(昭和45)     ・大阪万博

・三島由紀夫事件
1971(昭和46) ・「風俗営業取外し推進に関する委員会」結成

・都議会に陳情(第一次請願)→不備
   
1972(昭和47)     ・パンダ初公開
1973(昭和48) ・署名簿を添えふたたび都議会に陳情(第二次請願)→不採択となる

・働きかけの対象を警察庁に変更(法律レベル)
  ・オイルショック
1974(昭和49) ・アマチュア全国選手会(LACDの前身)が設立された。

・新橋「フロリダ」倒産

・若い世代の踊り場はゴゴー喫茶、ディスコへ
   
1976(昭和51) ・日本社会人ダンス連盟(NSDRの前身)が設立された。
   
1977(昭和52) (4/1)日本アマチュアダンス協会(JADA)設立

・参院選選挙協力のため「日本ダンス政治連盟」結成


・第2回目の「世界選手権」が開催された。
・自治大臣に請願書提出
  ・日航機ダッカ・ハイジャック事件
1978(昭和53) ・映画「愛のフィーバー」(元題 Feber)がでてから1万件のディスコが増えたという(1978,7,7 21:30 NHK-TV NC9)。ディスコはソウルとジャズの混血 (12/12)第1回世界ディスコダンス選手権に日本人が優勝した。 ・タケノコ族
1980(昭和55) ・日本アマチュア競技ダンス連盟(LACD)がICAD(IDSFの前身)に加盟
ランバダ流行  
1981(昭和56) ・第1回三笠宮杯開催
   
1982(昭和57) ・第3回目の「世界選手権」が開催された。
   
1983(昭和58)     ・東京ディズニーランド開園
1984(昭和59) ・風営法改正案通過、関係政令及び条例制定
・マハラジャ・ディスコ
(10月)NHKテレビの趣味講座で篠田学氏の「レッツダンス」が放映され、社交ダンスブームの火付け役となった。
   

・NTT民営化・通信自由化
1985(昭和60) ・「風俗営業等の規制及び業務の適性化等に関する法律」施行、関係府令及び施行規則制定→ダンス教授所では条件付きで未成年の立ち入り許可

・アマチュア同好会・カルチャーセンターなど社交ダンス・ブーム

(5/30)「社団法人全日本ダンス協会連合会」が設立
  (8/12)日本航空123便御巣鷹山に墜落

・豊田商事詐欺事件
1986(昭和61) ・『ダンスフアン』創刊

・アマチュアとプロの利害対立表面化
   
1988(昭和63) ・『ダンスビュー』創刊
  ・バブル景気
1989(平成元) ・体育科でダンスが男女並修の教材となり、社交ダンスが採用される可能性が開かれる

・「ランバーダ lanbada」がデイスコダンスクラブ等で盛んになる。ランバーダはブラジルで1989年に発祥、2/2拍子、サンバの変形、ブラジルからヨーロッパにわたり流行。
  (6/4)天安門事件

(12/25)ルーマニア・チャウチェスク大統領公開処刑
1990(平成2) ・「社会教育としての社交ダンスを振興する議員連盟」結成 (3/25)米国ニューヨーク州ブロンクスのダンスホール「ハッピーランド」で火災発生、50人の焼死者がでた ・カラオケボックス増加

・大阪花の万博に2,300万人参加
1991(平成3) ・「ジュリアナ東京」オープン
   
1992(平成4)  (3/24)「財団法人日本ボールルームダンス連盟」(旧日本競技ダンス連盟(日競連))が文部科学省から認可・設立→プロ組織分裂

・「サルサ」が流行。
  ・毛利衛さん日本人初宇宙飛行
1994(平成6) 「ジュリアナ東京」閉店    
1995(平成7)     (1/17)阪神淡路大震災

(3/20)地下鉄サリン事件
1996(平成8) (1/27)周防正行監督作品の映画「Sall we ダンス?」が公開された。空前のヒットで、ダンス普及のきっかけを作った。
  ・マカレナ・ダンス流行
1997(平成9) (12月)大阪市堂島の中央公会堂から再開したダンスパーティの様子をNHK総合テレビ「ニュース9」で放送
・国際ダンススポーツ連盟(IDSF)がIOCの承認団体となる。 ・消費税3%から5%にアップ

・神戸・須磨連続児童殺傷事件

・大手金融機関破綻(山一証券倒産)
1998(平成10) ・IDSF世界スタンダード選手権開催
  ・和歌山毒入りカレー事件
1999(平成11) ・アマ3団体を統合し「日本ダンススポーツ連盟(JDSF)」とす。

・「日本ダンススポーツ連盟(JDSF)が(財)日本体育協会に加盟
  ・iモードが大ヒット
2000(平成12) ・第1回東京インーナショナルオープン選手権を開催

(ADSF)アジア選手権を開催

・手の振りが特徴の日本生まれのダンス「パラパラ」が流行。全日本パラパラ選手権2000が開催された。

(9/12)芸能人とダンスインストラクターとの不倫騒動

(11/3)JBDF、JDC及びJCFが統一して設立した日本プロダンス協議会(JNCPD)主催による「プロフェショナル統一全日本ダンス選手権大会」が開催された。
  ・ミレニアムイベントが各地で開催
2001(平成13) (1/31)大阪梅田の「ダンスホール・ワールド」閉店

(3/3)ダンス振付師の不倫発覚、ダンス教室倒産&自己破産?
  ・大教大付属池田小児童殺傷事件

(9/11)アメリカ同時多発テロ
2002(平成14) ・日本ダンススポーツカウンシル(DSCJ)を設立

・「トランス」が流行

(8/6)文部科学省から「社団法人日本ダンススポーツ連盟」が設立認可された。

(10月)JCF東部総局がDSCJから脱退、JCFの他の総局も脱退
(5月)WDCがWDSFから脱退を決議
・公立学校完全週休二日制
2003(平成15)     ・中東戦争・イラク戦争
2004(平成16)   ・米国ハリウッドで「Shall we ダンス」のリメイク版が映画化された。 (10月)中越地震
2005(平成17) ・『ダンスメイト』創刊

(3/23)JCFがNPO法人となる

(11/18)ダンススクール経営者が元弟子を恐喝容疑で逮捕される。後日起訴猶予となる。
  ・JR福知山線脱線事故

・耐震強度偽装問題
2007(平成19) ・(社)日本ダンススポーツ連盟(JDSF)が(財)日本オリンピック委員会(IOC)に正加盟として認可
   
2008(平成20)     (8月)リーマンショック(USA)

・衆議院選で民主党圧勝
2009(平成21)     ・年越し派遣村
2010(平成22)   ・中国広州で開催のアジア大会でダンススポーツが正式採用され競技が行われた。日本は銀メダル。
 
2011(平成23) (4/1)JDSFが公益法人となる(内閣府認可)
・シャッフルダンス流行
(3/31)東日本大震災発生、原発事故
・SFTS感染症中国で流行
2012(平成24) ・風営法違反で各地のダンスホールの摘発が行われる。
  ・九州北部豪雨
2013(平成25) (5/27)ダンスホール「Vaniti ヴァニティ」(東京・六本木)が風営法違反で警視庁の摘発を受ける。

・JDCがDSCJを脱退

・JDCが公益法人となる(内閣府認可)
  ・台風による伊豆大島の土砂災害
・SFTS感染症日本で流行
2014(平成26) (3/27)日本プロダンス協議会(JNCPD)解散

(4/1)JBDFが公益法人となる(内閣府認可)

(8/22)ナショナル・ダンス・カウンシル・フォー・ジャパン設立(会長:鳥居瑤子)
  韓国でセウォル号沈没事故
(4/16)・デング熱が流行
(8/20)広島土砂災害
(9/27)御嶽山爆発
2015(平成27) (6月)改正風営法でダンス適用除外となる。ダンスホールは制限付き24時間営業可能となる。

(10月)文部科学省の外局に「スポーツ庁」設置
  ・韓国MERS発生